「世界遺産検定」都市計画編

こんにちは。みやです。

世界遺産検定を受けようと思うので、勉強のついでにまとめたいと思います。

 

 

パリのセーヌ河岸

パリのセーヌ河岸|フランス 世界遺産|阪急交通社

登録年1991年   登録基準ⅰ、ⅱ、ⅳ

パリの歴史は、紀元前3世紀頃からシテ島に住み着いたテルト系パリシィ人が築かれていた集落から始まりました。

11世紀からセーヌ川左岸にパリ大学の基礎が築かれ、神学研究の拠点となりました。1163年に着工し、1345年に完成したノートル・ダム大聖堂は、天井を軽くするリブ・ヴォールトやステンドグラスなど、細部に初期ゴシック様式の典型的な特徴が表れています。

1248年に完成したサント・シャペルは、国王ルイ9世の命によるもので礼拝堂の窓面にはキリスト受難の物語など1134の場面を描いたステンドグラスがあります。

1674年には構成資産のひとつであるアンヴァリッド(廃兵員)が完成、戦傷者や老兵を収容する施設として建造されたが、19世紀後半にはナポレオン1世の墓所となり現在は軍事博物館となっています。

19世紀後半の第二帝政下、セーヌ県知事ジョルジュ・オスマンの都市改造が実施されコンコルド広場からシャンゼリゼ通り、そして凱旋門が立つエトワール広場までを見渡す現在のパリの景観が完成しました。

1889年にはパリ万国博覧会のメイン・モニュメントとしてエッフェル塔が建造され、20世紀に入ってからもグラン・パレやシャイヨー宮が建設されました。

13世紀頃から築かれた要塞を起源として、フランス国王の居城として改築が繰り返されたルーブル宮は、現在「モナ・リザ」「ミロのヴィーナス」など30万点以上に及ぶ所蔵品を誇るルーヴル美術館となっています。

駅舎として建造され1886年に美術館に転用されたオルセー美術館も構成遺産に含まれています。

主な構成遺産は、ノートル・大聖堂サント・シャペルルーヴル美術館オルセー美術館アンヴァリッドグラン・パレエッフェル塔シャイヨー宮があります。

 

アスマラ:アフリカのモダニズム都市

アスマラ アフリカのモダニズム都市 - エリトリア 世界遺産 写真集 ...

登録年2017年   登録基準ⅱ、ⅳ

エリトリア国の首都であるアスマラは、標高2000mを超える高地にあり、1890年代にイタリアの植民地の最前基地として発展しました。

1935年以降、アスマラではイタリア合理主義の手法に基づく大規模な建設計画が実行され、政府機関や住居、商業施設、教会、モスク、シナゴーグ、映画館、ホテルなどが建設されました。

20世紀から初頭に初期モダニズムの都市計画がアフリカで用いられました。

 

ザモシチの旧市街

ザモシチ旧市街 | ポーランドの世界遺産

登録年1992年    登録基準ⅳ

ポーランド南東部のザモシチは、国内初の後期ルネサンス様式の小都市です。

16世紀後半、貴族で政治家のヤン・ザモイスキは自らが理想とするルネサンス都市の建設を建築家ベルナルド・モランドに依頼しました。

基盤の目状に区画された街は、五角形の城壁で囲まれておりバロック様式の市庁舎の時計塔やマニエリスムの聖トマス聖堂などがあります。

 

ウベダとバエーサのルネサンス様式の記念碑的建造物群

双子の町」ウベダとバエーサのルネサンス様式の記念碑的建造物群 ...

登録年2003年   登録基準ⅱ、ⅳ

アンダルシア地方の都市ウベダとバエーサは、スペイン初のルネサンス様式の都市です。イスラムの支配を経て13世紀にキリスト教圏内に復帰した街は16世紀にルネサンスの理念に沿って修復され反映しました。

改修に貢献した建築家アンドレス・デ・バンデルヴィラの手法は、ラテンアメリカの都市計画にも影響を与えました。

ウベダの市庁舎やパラドール、バエーサの大聖堂などが登録されています。

 

アムステルダム中心部:ジンフェルグラハト内部の17世紀の環状運河地区

アムステルダム中心部: ジンフェルグラハト内部の17世紀の環状運河地区 ...

登録年2010年   登録基準ⅰ、ⅱ、ⅳ

アムステルダムの中心部にある環状運河地区は、新しい港湾都市プロジェクトとして16世紀末から17世紀初頭にかけて運河網が整備されました。

運河はアムステルダム旧市街から一番外側の運河「ジンフェルグラハト」まで扇状に広がっており、運河間の泥沢地から排水して干拓した土地に市街地を広げていきました。

アムステルダムの急速な拡大は、大規模な都市計画の見本として19世紀まで世界の都市計画に影響を与えた。

 

ラ・ショー・ド・フォン/ル・ロクル、時計製造都市の都市計画

ラ・ショー・ド・フォンとル・ロックル

登録年2009年   登録基準ⅳ

隣接するラ・ショー・ド・フォンとル・ロクルは、時計製造という単一工業に特化し、独自の都市開発を行ってきました。

19世紀から始まった両都市の都市計画では、住居区とアトリエ地区を隣接させ伝統的な時計職人の文化と時計製造の効率化を両立させています。

カール・マルクスは「資本論」で労働の分業について考察した際、ラ・ショー・ド・フォンについて触れ「工業都市」という用語を生み出しました。

 

エディンバラの旧市街と新市街

英国世界遺産の街エディンバラ「カールトン・ヒル」と新市街 ...

登録年1995年    登録基準ⅱ、ⅳ

スコットランドの首都エディンバラの旧市街にあるエディンバラ城には、王冠や剣、軍旗の断片などのほかウェストンミンスター・アビーから返還された、歴代の王の戴冠式に使われた「スクーン石」も展示されています。

18世紀から整備された新市街は、建築家ジェームズ・クレイグが手がけた気品のある街並みが特徴的です。

新古典主義のジョージアン様式が取り入れられ、建築家ロバート・アダムが設計したシャーロット広場は、都市における新古典主義の傑作と評されています。

 

ルーネンバーグの旧市街

ルーネンバーグ旧市街|カナダ|世界遺産オンラインガイド

登録年1995年   登録基準ⅳ、ⅴ

18世紀半ばにイギリスが建設した植民都市ルーネンバーグは、格子状の道路と均一な道幅が特徴です。

現地を知らない役人がロンドンの机上で都市計画をつくり上げたため、所々が急坂になっています。

全体の3分の2を占めるカラフルな外壁の住宅は19世紀に建てられたもので、ヴィクトリア朝建築の要素が見られます。

 

ブコビナとダルマチアの首都大主教の邸宅

ブコヴィナ・ダルマチア府主教の邸宅 - Wikipedia

登録年2011年    登録基準ⅱ、ⅲ、ⅳ

ウクライナ西部のブコビナのテェルウツィーには、19世紀の歴史主義建築の代表例のひとつである、首都大主教の邸宅などの建築群が残っています。

1864年から1882年にかけて、チェコの建築家ヨセフ・フラヴカによって中世以来の伝統を踏まえ設計されたものです。

これらの建築は、ビザンツ期以降の文化的影響を表すと同時にオーストラリア=ハンガリー帝国の東方正教会に対する寛容的な宗教政策を反映しています。

 

ル・アーヴル:オーギュスト・ペレにより再建された街

せかけんクイズ No.203 – 世界遺産検定

登録年2005年   登録基準ⅱ、ⅳ

北フランスのノルマンディー地方、イギリス海峡を臨むル・アーヴルは世界の都市復興計画に影響を与えた港湾都市です。

この都市は第二次世界大戦のノルマンディー上陸作戦で街の約8割が破壊されたが、1945年~1964年にかけて最新の建築素材と技術を駆使し、焼失を免れた歴史的建造物や街並を活かしたつつ再建されました。

再建を手がけたのは新古典主義の建築家オーギュスト・ペレで、戦後行われた都市改造の中でも成功例とされています。

また、印象派の画家クロード・モネが少年時代を過ごし後年に絵の題材としたことでも知られています。